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横浜地方裁判所 昭和33年(わ)1302号 判決

被告人 大野一朗

昭一一・一〇・一四生 無職

主文

被告人を死刑に処する。

理由

被告人は、中島ちよと氏名不詳の男との間に生れ、生後すぐに大森兵助の二男として入籍され、まもなく実母中島ちよの異父姉である大野ときの養子となり、大阪において同女に養育され、昭和二三年七月同女とともに神奈川県津久井郡相模湖町与瀬に移り、同地の小学校を経て中学校に進んだが、小学校時代から怠休、無断外泊、金品の持出等の非行があり、中学校に進んでからその傾向がさらに強くなつたので、その矯正のため昭和二四年九月二宮町国府の実習学校中等部に転入させられ、昭和二七年三月同校卒業後は横須賀市内の青果商、東京都吉祥寺の鮮魚商、同渋谷の青果商の各店員として働いたが、昭和二九年七月当時のいわゆる造船汚職事件における指揮権発動に憤激して吉田首相の殺害を企て、果物ナイフを携えて目黒の公邸に侵入したため、同年八月一二日東京家庭裁判所において殺人予備事件により中等少年院送致決定を受け、茨城農芸学院に送致され、昭和三〇年一〇月同院を退院し、その後相模湖町においてトラツクの助手、日傭、次いで東京都内の佐々木飯場で土工夫として働き、その間窃盗事件を起し、昭和三三年七月一八日転職するため同飯場を出て相模湖町与瀬七七九番地大野とき方に帰つたが、手持金も次第に乏しくなり、小遣銭、就職運動費用等に窮した結果他家に侵入して金員を強取しようと企図し強取先を物色中、同町与瀬○○○番地A方が新築家屋で隣家が離れているうえ家族が小人数で昼間は同人の妻B(当時二二年)が独り留守番をしているのを見て、新築家屋の居住者であるから小金を持つているものと考え、同月二六日頃から、日中同家に侵入し同女から現金を強取しようと企て、同月二八日同女が騒いだりして犯行発覚の虞が生じたときは同女を殺害のうえこれを強取するもやむを得ないと決意のうえ、果物ナイフ、タオル(昭和三三年地領第五三六号の二四)、革手袋等を携えて自宅を立出で同日午後二時三〇分頃、右A方附近において指紋を残さないため右革手袋を着用し、同家西側廊下から屋内に侵入し、六畳間において折柄裁縫中の右Bに対し矢庭に所携の果物ナイフを突きつけて「静かにしろ」と脅し、所携のタオルで同女の両手を後に縛り上げ、ラジオの音を高くしてからなおも右果物ナイフを突きつけて「金を出せ」と申し向け、同女が金はないと答えるや、同女を後に倒すなどしてその反抗を完全に抑圧したうえ、同家八畳間の箪笥抽斗(前同号の二二)等から現金約二、五〇〇円を強取したのち、さらに右果物ナイフを同女に突きつけたところ、同女が「なんでも言うことをきくから命だけは助けて下さい」と哀願するや、にわかに劣情を催し同女をその場に押し倒しズロース(前同号の八)を外して馬乗りとなり強いて同女を姦淫しようとしたが、訪問者等の来訪により犯行の発覚することを怖れて姦淫することを止め、右犯行の発覚を防止するには当初の意図通り同女を殺害するに如くはないと決意し、直ちに同家の廊下にかけてあつたタオル(前同号の一〇)を同女の頸部に巻きつけ、該タオル或いは両手をもつて交互に強く絞めつけ、因つて同女をして即時その場において窒息死に至らしめ所期の目的を遂げたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中住居侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条第一項に、強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に、強盗強姦未遂の点は同法第二四三条、第二四一条前段に各該当するところ、右住居侵入と強盗殺人、強盗強姦未遂との間にはそれぞれ手段、結果の関係があり、強盗殺人と強盗強姦未遂とは一箇の行為にして数箇の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項後段、前段、第一〇条により結局最も重い強盗殺人の罪の刑をもつて処断することとし、その量刑について考慮するに、被告人は小遣銭等に窮した結果強盗行為を決意し、犯行場所、犯行の日時、方法等について予め周到な計画をなし、当初から殺害の意思をもつて、かねて多少面識のある被害者方へ白昼侵入し、先ず被害者を脅迫したのち、ラジオの音を高め戸締りなどして犯行発覚の防止方法を講じたうえ金員を強取し、強取後生命だけは助けて欲しいと哀願する被害者を姦淫せんとし、姦淫行為は犯行の発覚を虞れて既遂直前で止めたものの、終始全く無抵抗の被害者を当初からの意思通りに殺害し、そのうえ猟奇犯罪を装うため死体をばらばらにせんことを企図し、それが不可能と知るや、陰部に傷をつけて逃走したもので、その犯行の態様は全く大胆不敵、残忍にして非道と言うべきであり、犯行後も自己の犯行であることを隠蔽するため自ら捜査当局に内容虚偽の電話をかけ、或いは平然と犯行に関する話を友人等にするなど犯行後の行動また良心の苛責に悩んだと思われる形跡はない。なおまた、結婚していくばくもない平和にして幸福な新婚生活を送つていた被害者の生命を一瞬にして奪い、その家庭を破かいした責任は重く、被害者の遺族の悲歎の情ははかり知れないものがあるばかりでなく、白昼独り留守居の被害者方を襲い、これを殺害したことにより一般世人に与えた社会的不安も絶大なものがある。しかも被告人には素質による意思薄弱を主徴とする性格異常、情性稀薄興奮性等の性格傾向があると認められる(鑑定人猪瀬正作成の被告人に対する精神鑑定書中の記載)のであるから、被告人が本件犯行以前にも殺人予備罪を犯していることを考えると、被告人の兇悪性は顕著なものがあるといわねばならないのであつて、被告人の有する社会的危険性、反社会性は極めて高度のものと認めざるを得ない。以上の諸点を考慮するならば被告人の年令、不遇な成育過程等被告人に有利な事情を考慮しても所定刑中死刑を選択するのを相当とするので被告人を死刑に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田作穂 大塚淳 小川昭二郎)

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